
夜の散歩になると、愛犬が急に歩くのをためらうようになった。
明るい部屋では普通に歩けるのに、暗い廊下へ入ろうとしない。
階段を降りる時に慎重になり、初めて行った場所では家具やドアの枠へぶつかることが増えた。
このような「暗い場所で見えにくそう」という変化で注意したい目の病気のひとつが、進行性網膜萎縮(PRA:Progressive Retinal Atrophy)です。
進行性網膜萎縮は、目の奥にある網膜の細胞が徐々に変性し、視力が低下していく遺伝性の眼疾患の総称です。
PRAは一般的に両目へ進行し、初期には夜や暗い場所での見えにくさから始まり、その後昼間の視力も低下して、最終的に失明へ進むタイプがあります。
大きな特徴は、PRAそのものは基本的に痛みを伴わないことです。
そのため、犬が目を強く痛がったり、白目が真っ赤になったり、急に目を開けられなくなったりした場合は、「PRAだから」と考えず、緑内障、角膜の病気、ぶどう膜炎など別の眼疾患も確認する必要があります。
また、PRAはゆっくり進むことが多いため、慣れた自宅では犬が家具の配置やにおいを覚えており、飼い主さんが視力低下に気づくまで時間がかかることがあります。
突然数時間~数日で見えなくなった、片目だけ急に見えなくなった、目が赤い、目を強く痛がる場合は、典型的なPRAの進み方とは異なります。自己判断せず早めに動物病院へ相談してください。
この記事では、犬の進行性網膜萎縮とはどのような病気なのか、初期症状、原因と遺伝、なりやすい犬種、眼底検査・網膜電図・遺伝子検査、治療、視力を失った犬との暮らし方まで詳しく解説します。

- 犬の進行性網膜萎縮(PRA)とは?
- 網膜にある「杆体」と「錐体」の役割
- 犬のPRAで見られる主な症状
- 最初に気づきやすいのは「夜盲」
- 瞳孔が大きく見えることがある
- PRAは両目に起こることが多い
- PRAは痛い病気?
- 犬のPRAの原因は遺伝
- 早く発症するタイプと成犬になってから発症するタイプ
- PRAになりやすい犬種はいる?
- PRAはどのくらいの速さで進行する?
- PRAと白内障の違い
- PRAと緑内障の違い
- KCSや角膜疾患との違い
- 急に失明するSARDSとの違い
- 動物病院ではどのように診断する?
- 眼底検査では何が見える?
- 網膜電図(ERG)とは?
- 遺伝子検査をすればPRAと確定できる?
- 「キャリア」と「発症犬」は同じではない
- 繁殖前の遺伝子検査と眼科検査が重要
- 犬のPRAに治療法はある?
- サプリメントでPRAは治る?
- PRAに白内障を合併した場合
- PRAと診断された犬の生活サポート
- 見えなくなった犬の散歩は続けてもいい?
- 見えなくなっても遊びはできる
- 多頭飼いではほかの犬との接触にも注意する
- 定期的な眼科検査は必要?
- 早めに動物病院へ相談したいサイン
- 自宅で視力を確認する時にやってはいけないこと
- PRAの犬にやってはいけないこと
- 子犬で見えにくそうな場合
- シニア犬で物にぶつかる場合
- PRAと診断されたら飼い主さんが記録したいこと
- よくある質問
- まとめ|PRAは夜の見えにくさから始まる遺伝性の網膜疾患
- 【最新版】私がおすすめする犬用品10選
犬の進行性網膜萎縮(PRA)とは?
進行性網膜萎縮は、ひとつだけの病気を指す名称ではありません。
遺伝的な原因によって網膜の光を感じる細胞が徐々に機能を失っていく、複数の網膜変性疾患をまとめてPRAと呼びます。
目はカメラに例えると分かりやすく、水晶体がレンズ、網膜が光を受け取るセンサーのような役割を持っています。
外から入った光は角膜や水晶体を通って網膜へ届きます。
網膜の細胞が光を電気信号へ変換し、その情報が視神経を通って脳へ送られることで、犬は目の前にあるものを認識できます。
PRAではこの網膜の機能が徐々に失われるため、水晶体や角膜が透明に見えていても「見えにくい」という状態が起こることがあります。
網膜にある「杆体」と「錐体」の役割
網膜には、光を感じる代表的な細胞として杆体(かんたい)細胞と錐体(すいたい)細胞があります。
杆体細胞
杆体細胞は、暗い場所で物を見る働きや動きを捉える働きに深く関係しています。
犬のPRAでは、多くのタイプでまず杆体細胞の機能が低下します。
そのため、最初に「夜だけ見えにくい」「暗い廊下へ入らない」という変化が現れやすくなります。
錐体細胞
錐体細胞は明るい環境での視覚などに関係します。
PRAが進行して錐体細胞まで機能を失うと、暗い場所だけではなく昼間の視力も低下します。
このように、夜間視力の低下から始まり、時間をかけて昼間も見えにくくなることがPRAの代表的な経過です。
犬のPRAで見られる主な症状

PRAはゆっくり進むことが多く、初期には飼い主さんが目そのものの異常に気づかないことがあります。
見た目より先に、犬の行動が変わることがあります。
- 暗い部屋へ入るのを嫌がる
- 夜の散歩を嫌がるようになる
- 夕方になると歩き方が慎重になる
- 暗い廊下で立ち止まる
- 階段を降りるのをためらう
- 段差の前で止まる
- 初めての場所で物へぶつかる
- ドアの枠へぶつかる
- 家具の位置が変わると戸惑う
- ボールやおもちゃを見失う
- 急に近づくと驚く
- 瞳孔が以前より大きく見える
- 光を当てた時に目の奥が強く反射して見える
これらすべてがPRA特有の症状というわけではありません。
白内障、緑内障、網膜剥離、視神経疾患などでも視力は低下します。
行動の変化だけで病名を決めず、眼科検査で原因を確認することが重要です。
最初に気づきやすいのは「夜盲」
PRAの代表的な初期症状が、暗い環境で物を認識しにくくなる夜盲です。
たとえば日中の散歩では普通に歩けるのに、夕方や夜になると急に飼い主さんの足元から離れなくなることがあります。
室内でも、照明を消すと動かなくなる、薄暗い階段を降りたがらないといった変化が見られることがあります。
犬は鼻や耳も使って周囲を把握しているため、慣れた自宅では視力が落ちても比較的自然に動けます。
そのため、旅行先、動物病院、引っ越した家、家具の配置を変えた部屋などで初めて「物にぶつかる」ことに気づくケースもあります。
瞳孔が大きく見えることがある
PRAが進んだ犬では、瞳孔が大きく開いて見えることがあります。
また、暗い場所や写真撮影時に、以前より目が強く光って見えることがあります。
これは網膜の変化によって眼底の反射が目立つためです。
ただし、「目が光る=PRA」という意味ではありません。
犬の目は正常でも暗所で光を反射するため、左右差や視力変化を含めて判断する必要があります。
PRAは両目に起こることが多い
典型的な遺伝性PRAでは、両方の網膜が進行性に変性します。
そのため、「右目だけ突然見えなくなった」というケースでは、PRAだけで説明できない可能性があります。
片目だけの急激な視力低下では、緑内障、網膜剥離、眼内炎症、外傷、視神経疾患など別の原因も確認する必要があります。
PRAは痛い病気?
PRAそのものは一般的に痛みを伴わない眼疾患です。
そのため、視力が低下していても犬が目を気にしていないことがあります。
ここは非常に重要なポイントです。
もし視力低下と同時に、次のような症状がある場合はPRA以外の病気や合併症を考えます。
- 目をしょぼしょぼする
- 片目を閉じたままにする
- 白目が強く赤い
- 涙が急に増える
- 前足で目をこする
- 黒目が急に白・青く濁る
- 眼球が以前より大きく見える
- 元気や食欲まで低下する
目をしょぼしょぼする場合はこちらも確認してください。
・犬が目をしょぼしょぼする原因とは?片目を細める時の危険サインと受診目安を解説
目が赤い場合はこちらです。
・犬の目が赤い原因とは?充血・目やに・痛がる時の受診目安を解説
犬のPRAの原因は遺伝

PRAの大きな特徴は、遺伝性の網膜疾患であることです。
ただし、「PRA遺伝子」というひとつの遺伝子だけが存在するわけではありません。
現在までに複数の犬種で異なる遺伝子変異が確認されており、PRAの発症時期や遺伝形式もタイプによって異なります。
代表的なタイプのひとつに進行性杆体錐体変性症(prcd-PRA/PRCD)があります。
PRCDでは、正常に発達した網膜の細胞が成犬になってから徐々に変性します。
PRCDは常染色体劣性遺伝として知られ、原因変異を2コピー持つ犬が発症リスクを持ちます。
一方で、PRAのすべてが同じ遺伝形式ではありません。
犬種によっては優性遺伝やX染色体に関連するタイプも知られています。
そのため、市販の遺伝子検査で「PRA陰性」と表示された場合でも、その犬種に存在するすべての網膜疾患を完全に否定できるとは限りません。
早く発症するタイプと成犬になってから発症するタイプ
PRAと呼ばれる遺伝性網膜疾患には、若齢から網膜細胞の発達に異常があるタイプと、正常に発達した後で徐々に変性するタイプがあります。
若齢で症状が出るタイプ
網膜の光受容細胞が正常に発達できないタイプでは、子犬~若い時期から視力低下が見られることがあります。
発症年齢は原因となる遺伝子変異や犬種によって異なります。
成犬になってから発症するタイプ
より一般的に知られている変性型のPRAでは、生まれた時には網膜細胞が正常に発達しています。
その後、成犬になってから徐々に細胞が変性し、夜盲から視力低下へ進みます。
「子犬の時に目が正常だったから遺伝性PRAではない」とは言い切れない理由です。
PRAになりやすい犬種はいる?
PRAは多くの犬種で報告されており、ミックス犬でも起こる可能性があります。
遺伝的なPRAが知られている犬種には、プードル、ラブラドール・レトリーバー、ゴールデン・レトリーバー、アメリカン・コッカー・スパニエル、イングリッシュ・コッカー・スパニエル、パピヨン、シェットランド・シープドッグなどがあります。
ただし、犬種名だけから発症を予測することはできません。
同じ犬種でも原因となる遺伝子変異を持たない犬はいますし、犬種によって検査対象となるPRAのタイプも異なります。
トイプードルでもPRAについて注意したいことはこちらの記事で解説しています。
・トイプードルの性格・飼いやすさは?寿命・運動量・なりやすい病気まで解説
PRAはどのくらいの速さで進行する?
PRAの進行速度は、犬種、遺伝子変異、発症年齢、個体によって異なります。
「PRAと診断されたら何か月で失明する」と一律に決めることはできません。
数か月から数年かけて徐々に視力が低下するケースがあります。
ゆっくり進行することは、病気が軽いという意味ではありません。
最終的には両目の視力を大きく失う可能性がある病気です。
一方で、ゆっくり視力が低下するため、犬がにおい、音、記憶などを使って生活へ順応する時間を持てるという面もあります。
PRAと白内障の違い
PRAと白内障は、どちらも視力低下や失明につながる可能性がありますが、異常が起こる場所が違います。
白内障は、目の中のレンズにあたる水晶体が濁る病気です。
一方、PRAは目の奥にある網膜の細胞が変性する病気です。
PRAの初期には、目の表面や水晶体が透明に見えることもあります。
また、PRAが進行した犬では後から白内障が形成される場合があり、水晶体の濁りによって眼底が見えにくくなることがあります。
・犬の白内障とは?目が白い・物にぶつかる時に注意したい病気を解説
目が白く見える原因全般はこちらです。
・犬の目が白い原因とは?白内障・核硬化症・緑内障の違いと受診目安を解説
PRAと緑内障の違い
PRAと緑内障は、どちらも視力を失う可能性のある病気ですが、緊急度や痛みが大きく異なります。
PRAは一般的にゆっくり進行し、PRAそのものでは強い眼痛は起こりません。
一方、急性緑内障では眼圧が急激に上がり、強い痛み、充血、角膜の白濁、眼球が大きく見える、元気消失などが現れることがあります。
短時間で急に見えなくなり、目を痛がっている場合は「PRAが進んだのだろう」と待たないことが重要です。
・犬の緑内障とは?目が赤い・白く濁る・痛がる時に注意したい病気を解説
KCSや角膜疾患との違い
乾性角結膜炎(KCS)や角膜潰瘍は、目の表面に症状が出やすい病気です。
目やに、充血、しょぼしょぼする、目をこする、角膜が白く濁るなどが見られます。
PRAでは、初期から目やにや強い充血が代表症状として出る病気ではありません。
視力低下に加えて目やにや痛みが目立つなら、眼球表面の病気も含めて確認します。
・犬の乾性角結膜炎(ドライアイ・KCS)とは?目やに・充血・目の乾燥の症状と治療を解説
急に失明するSARDSとの違い
PRAと区別が必要な網膜疾患のひとつに、SARDS(突発性後天性網膜変性症候群)があります。
PRAは多くの場合、夜盲から徐々に進行します。
一方、SARDSでは数日~数週間という比較的短い期間で急激に視力を失うことがあります。
眼底の見た目が初期には大きく変化していないこともあるため、網膜電図が診断に重要になります。
昨日まで普通に見えていた犬が突然家具へぶつかり始めた場合は、典型的なPRAの進行と決めつけず早めに眼科検査を受けてください。
動物病院ではどのように診断する?

PRAを診断する時は、犬の行動だけでなく、目の各部位を確認します。
- 視覚反応の確認
- 瞳孔の反応
- 眼圧検査
- 角膜・水晶体の確認
- 眼底検査
- 必要に応じて網膜電図(ERG)
- 犬種や状況に応じた遺伝子検査
視力が低下しているからといって、最初からPRAだけを調べるわけではありません。
白内障、緑内障、網膜剥離、眼内炎症、視神経疾患など、治療できる可能性のある原因を見逃さないことも重要です。
眼底検査では何が見える?
眼底検査では、瞳孔の奥にある網膜、網膜血管、視神経乳頭などを確認します。
PRAが進行すると、眼底で次のような変化が確認されることがあります。
- 眼底の反射が強くなる
- 網膜血管が細くなる
- 網膜血管が減って見える
- 視神経乳頭の萎縮
ただし、発症初期では眼底の変化がはっきりしないこともあります。
また、白内障が進んで水晶体が濁っていると、その奥の網膜を直接観察しにくくなります。
網膜電図(ERG)とは?
網膜電図は、光を当てた時に網膜がどの程度電気的に反応しているかを測定する検査です。
網膜の機能が低下しているかを客観的に確認できるため、PRAの診断やほかの失明原因との区別に役立ちます。
特に、白内障などで眼底が直接見えない場合や、眼底の見た目だけでは診断しにくい場合に重要です。
必要に応じて獣医眼科を専門とする病院へ紹介されることがあります。
遺伝子検査をすればPRAと確定できる?
遺伝子検査はPRAの診断や繁殖計画に役立つ重要な検査ですが、結果の読み方には注意が必要です。
PRAには複数の原因遺伝子があり、犬種によって検査できる変異が異なります。
たとえばPRCDに対する遺伝子検査が陰性でも、「すべての種類のPRAが絶対に起こらない」と保証するものではありません。
まだ原因となる遺伝子変異が特定されていないPRAもあります。
そのため、視力低下がある犬では遺伝子検査の結果だけで判断せず、眼科検査と組み合わせて評価します。
「キャリア」と「発症犬」は同じではない
常染色体劣性遺伝のタイプでは、原因変異を1コピーだけ持つ犬をキャリアと呼びます。
キャリア犬は通常、その遺伝性疾患を発症しませんが、変異を子犬へ伝える可能性があります。
一方、原因変異を2コピー持つ犬では発症リスクが高くなります。
ただし、遺伝形式はPRAの種類によって異なるため、検査結果を「陽性・陰性」だけで判断するのではなく、その検査がどの遺伝病を対象としているのか確認することが重要です。
繁殖前の遺伝子検査と眼科検査が重要
PRAは遺伝性疾患であるため、発症犬を減らしていくには繁殖前の健康検査が重要です。
犬種ごとに推奨される遺伝子検査や眼科検査を行い、その結果をもとに繁殖計画を立てます。
ただし、遺伝的多様性を無視して一律にすべてのキャリア犬を排除することが最適とは限らないため、実際の繁殖判断は犬種団体、獣医師、遺伝専門家などの指針に従うことが大切です。
家庭犬の飼い主さんが遺伝子検査を受ける場合も、「結果を知って終わり」ではなく、必要なら眼科検査を受けるきっかけとして活用しましょう。
犬のPRAに治療法はある?

現在、一般的な診療でPRAによる網膜変性を元へ戻し、視力低下を止めることができる確立した治療法はありません。
そのため、治療の中心は病気そのものを治すというより、正しく診断し、視力低下へ合わせて安全な生活環境を整えることになります。
遺伝子治療などについて研究が進められている分野はありますが、すべての犬のPRAに対して一般的に受けられる標準治療ではありません。
インターネットで研究段階の治療を見て、「この方法なら治る」と自己判断しないようにしてください。
サプリメントでPRAは治る?
「目に良いサプリメント」「網膜を守るサプリメント」などが販売されていますが、PRAによる遺伝性網膜変性を治す効果が確立しているわけではありません。
ビタミンや抗酸化サプリメントを与えればPRAの進行を確実に止められるという医学的根拠はありません。
特に複数のサプリメントを自己判断で併用すると、栄養バランスを崩す可能性があります。
サプリメントを使用したい場合は、現在の食事や持病も含めて獣医師へ相談してください。
PRAに白内障を合併した場合
PRAが進行した犬では、後から白内障が形成されることがあります。
ここで注意したいのは、「白内障を手術すれば視力が戻る」とは限らないことです。
水晶体を透明にしても、網膜そのものが光を受け取れないほど機能を失っていれば、十分な視力回復は期待できません。
そのため、白内障手術を検討する場合には網膜機能が残っているかを評価することが重要です。
PRAと診断された犬の生活サポート

PRAと診断されると、「失明したら普通に暮らせないのでは」と強く不安になる飼い主さんもいると思います。
しかし犬は、人間よりもにおいや音、足裏の感触、環境の記憶などを使って生活しています。
視力が徐々に低下するPRAでは、環境を適切に整えることで、視力を失った後も日常生活へ適応できる犬が多くいます。
家具の配置を大きく変えない
犬は家具や壁までの距離を記憶しながら歩けるようになります。
視力が低下している時期に家具を頻繁に動かすと、覚えていた通路が変わり、衝突しやすくなります。
特に水飲み場、寝床、トイレ、食器など生活に必要な物の場所はできるだけ一定にしましょう。
階段へ安全ゲートを設置する
視力が低下した犬にとって、階段や玄関の段差は転落事故につながる場所です。
自由に階段へ入れないよう安全ゲートなどで管理します。
ベランダ、高いウッドデッキ、プールなども同様に注意してください。
暗い場所を明るくする
まだ夜間視力だけが低下している段階では、廊下や階段周辺を明るくすると移動しやすくなる場合があります。
夕方以降は早めに照明をつけ、急に真っ暗な場所へ移動させないようにしましょう。
知らない場所ではリードを使用する
自宅では自由に動ける犬でも、初めて訪れる場所では障害物の位置を知りません。
散歩、旅行、動物病院などではリードで安全を確保し、段差や障害物の前で声をかけます。
急に抱き上げて別の場所へ置かない
見えない犬を助けようとして頻繁に抱き上げると、犬自身が今いる場所を把握しにくくなることがあります。
危険がない範囲では、声で誘導しながら自分で歩けるようサポートします。
抱き上げる必要がある時は、先に声をかけてから触れると驚かせにくくなります。
「段差」「止まって」など声の合図を教える
まだ視力が残っている時期から、声による合図を教えておくと役立ちます。
- 待って
- 止まって
- ゆっくり
- 段差
- 右・左
- おいで
実際に使う言葉は家庭ごとに違って構いません。
短く分かりやすい言葉を統一して使うことがポイントです。
見えなくなった犬の散歩は続けてもいい?
体調に問題がなければ、視力を失ったからといって散歩そのものをやめる必要はありません。
犬にとって散歩は、歩く運動だけではなく、においを嗅ぐ、風を感じる、飼い主さんと外へ出るという刺激になります。
ただし、安全管理はこれまで以上に必要です。
- 必ずリードを使用する
- 車や自転車が少ない安全な道を選ぶ
- 段差の前で声をかける
- 知らない犬を突然近づけない
- 慣れた散歩コースを活用する
- 人混みではぶつからないよう管理する
見えない犬が急に触られると驚くことがあるため、周囲の人にも声をかけてから接してもらいましょう。
見えなくなっても遊びはできる
視覚だけに頼らない遊びを取り入れれば、PRAで視力を失った犬も楽しめます。
たとえば、においを使ったフード探し、音の出るおもちゃ、飼い主さんの声を使った簡単なトレーニングなどがあります。
ただし、おもちゃを投げて家具へ衝突させたり、高い場所から飛び降りさせたりしないよう安全を確認してください。
多頭飼いではほかの犬との接触にも注意する
一緒に暮らしている犬との関係が良好なら、視力を失った犬がほかの犬の動きを参考にすることもあります。
一方、見えない犬は相手のボディランゲージを読み取りにくくなります。
食事やおやつ、おもちゃなどをめぐってトラブルがある家庭では、見えない犬が突然接近されて驚くことがあります。
それぞれが安心して休める場所を確保し、必要に応じて距離を管理してください。
定期的な眼科検査は必要?
PRAには現在根本的な治療がないからといって、診断後は動物病院へ行かなくてよいわけではありません。
視力の変化だけでなく、白内障などほかの眼疾患を合併する場合があります。
また、犬が目を赤くしたり痛がったりした場合、それをPRAの症状と決めつけてしまうと、治療が必要な別の病気を見逃す可能性があります。
獣医師から指示された間隔で眼科検査を受け、新しい症状があれば予定日を待たず相談しましょう。
早めに動物病院へ相談したいサイン
PRAは一般的に緊急性の高い痛みを伴う病気ではありません。
しかし、視力低下が見られた時には「本当にPRAなのか」を確認することが重要です。
- 暗い場所で急に動けなくなった
- 物へぶつかることが増えた
- 階段を急に怖がるようになった
- 瞳孔が大きい状態が続く
- 視線が合いにくくなった
- おもちゃを見失うようになった
- 初めての場所で極端に戸惑う
次の症状は、PRAのゆっくりした進行とは異なる可能性があるため、より早い受診が必要です。
- 突然見えなくなった
- 片目だけ急に見えなくなった
- 目を強く痛がる
- 目を開けられない
- 白目が真っ赤
- 黒目が急に白・青く濁る
- 眼球が大きく見える
- 頭や目を強くぶつけた
自宅で視力を確認する時にやってはいけないこと
視力が落ちているか確かめようとして、犬の目へ強い光を当て続けたり、わざと家具を置いてぶつかるか試したりしないでください。
階段から降ろして反応を見ることも転落事故につながります。
家庭でできるのは、普段の自然な生活の中で行動変化を記録することです。
- 明るい時と暗い時で歩き方が違うか
- いつから変化が始まったか
- 左右どちらかだけに異常を感じるか
- 新しい場所でぶつかるか
- 階段や段差を嫌がるか
- 目の赤みや痛みがないか
動画を撮れる場合は、暗い場所を無理に歩かせるのではなく、自然な生活の中で戸惑っている場面を記録すると診察時の参考になります。
PRAの犬にやってはいけないこと
- 失明を防げると考えてサプリメントだけで様子を見る
- 遺伝子検査が陰性だからPRAではないと決めつける
- 見えない犬の家具配置を頻繁に変える
- 階段や高所へ自由に行ける状態にする
- 突然後ろから触る
- 見えないから散歩を一切やめる
- 視力低下を老化だけのせいにする
- 突然の失明をPRAの進行だと思って様子を見る
- 目が赤い・痛い症状までPRAのせいにする
子犬で見えにくそうな場合
PRAというと成犬~シニア犬の病気という印象がありますが、若齢で発症する遺伝性網膜疾患も存在します。
子犬が暗い場所で極端に動けない、物へ頻繁にぶつかる、おもちゃを追えない場合は、「まだ小さいから不器用なのだろう」と決めつけないでください。
視力そのものに問題がないか検査を受けましょう。
若齢で視力異常がある場合はPRA以外の先天性眼疾患も鑑別が必要です。
シニア犬で物にぶつかる場合
シニア犬が家具へぶつかるようになった時、「年だから目が悪くなった」と考えやすいですが、原因はひとつではありません。
白内障、緑内障、網膜疾患、視神経疾患など眼科的な原因のほか、認知機能の変化などによって歩き方が変わることもあります。
PRAは遺伝性疾患ですが、成犬になってから発症するタイプでは中高齢になるまで飼い主さんが気づかないことがあります。
シニア犬だからこそ、「老化」と病気を分けて考えることが大切です。
PRAと診断されたら飼い主さんが記録したいこと
- 暗い場所での歩き方
- 昼間の歩き方
- 家具へぶつかる頻度
- 散歩中の様子
- 階段を使えるか
- 目の濁りの有無
- 目の赤みや痛みの有無
- 左右の瞳孔の見え方
- 生活上困っている場所
病気の進行そのものを家庭で正確に測定することはできませんが、日常生活の変化を記録することで必要な環境調整を考えやすくなります。
よくある質問
Q. PRAは治りますか?
現在、一般的な動物病院でPRAによる網膜変性を元へ戻す確立した治療法はありません。診断後は視力低下に合わせた生活環境の調整が重要になります。
Q. PRAになると必ず失明しますか?
PRAは進行性の網膜変性疾患で、多くのタイプでは最終的に大きな視力低下から失明へ進みます。ただし進行速度や発症年齢は犬種や個体によって異なります。
Q. PRAは痛いですか?
PRAそのものは一般的に痛みを伴いません。目を強く痛がる、しょぼしょぼする、充血する場合は別の眼疾患や合併症を確認してください。
Q. 最初はどんな症状が出ますか?
暗い場所で見えにくくなる夜盲が初期症状として多く、夜の散歩を嫌がる、暗い部屋へ入らない、階段をためらうなどの変化が見られます。
Q. 遺伝子検査で陰性ならPRAにはなりませんか?
必ずしもそうではありません。PRAには複数の遺伝子変異があり、現在分かっていない変異もあります。検査がどのPRAタイプを対象としているか確認する必要があります。
Q. キャリアの犬は失明しますか?
常染色体劣性のPRAでは、変異を1コピーだけ持つキャリア犬は通常そのタイプのPRAを発症しません。ただし遺伝形式は病型によって異なるため、検査結果の説明を確認してください。
Q. サプリメントで進行を止められますか?
PRAの進行を確実に止めたり、失われた視力を回復させたりするサプリメントの効果は確立していません。自己判断で治療の代わりに使用しないでください。
Q. PRAの犬に白内障手術をすれば見えるようになりますか?
網膜機能が大きく失われている場合、水晶体の濁りを取り除いても十分な視力が戻らない可能性があります。手術前には網膜機能の評価が重要です。
Q. 失明したら散歩はできませんか?
体調に問題がなければ、安全を確保したうえで散歩を楽しめる犬は多くいます。リードを使用し、段差や交通量の多い場所に注意しながら、慣れたコースを活用しましょう。
Q. 急に見えなくなりました。PRAでしょうか?
典型的なPRAはゆっくり進行するため、数時間~数日で突然視力を失った場合は別の原因も考えます。SARDS、緑内障、網膜剥離などとの区別が必要なため、早めに受診してください。
まとめ|PRAは夜の見えにくさから始まる遺伝性の網膜疾患

犬の進行性網膜萎縮(PRA)は、目の奥にある網膜の光受容細胞が徐々に変性し、視力が低下していく遺伝性眼疾患の総称です。
多くのタイプでは暗い場所を見るために重要な杆体細胞から機能が低下するため、最初は「夜の散歩を嫌がる」「暗い部屋へ入らない」「階段を怖がる」といった夜盲の症状から気づかれることがあります。
病気が進行すると昼間の視力も低下し、物へぶつかる、初めての場所で動けないなどの変化が現れ、最終的に失明へ進む可能性があります。
PRAそのものは一般的に痛みを伴いません。
そのため、目が赤い、目を強く痛がる、急に白く濁る、片目だけ突然見えなくなるといった症状がある場合は、緑内障や角膜疾患など別の眼疾患も確認する必要があります。
診断には眼底検査が重要で、必要に応じて網膜電図(ERG)や犬種・病型に応じた遺伝子検査が行われます。
遺伝子検査は非常に有用ですが、ひとつのPRA遺伝子検査が陰性だからといって、すべての遺伝性網膜疾患を完全に否定できるわけではありません。
現在PRAを治して網膜機能を元へ戻す一般的な治療法はありませんが、家具の配置を保つ、階段を安全ゲートで管理する、暗い場所を明るくする、知らない場所ではリードを使用するなどの工夫によって安全な生活を作れます。
「見えにくそうだけれど痛がっていないから大丈夫」と放置せず、夜間の歩き方や段差への反応に変化があれば一度眼科検査を受け、愛犬に残っている視力と原因を確認することが大切です。


